大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成元年(オ)1122号 判決

上告人 明石市水産加工業協同組合

右代表者理事 井上角一

右訴訟代理人弁護士 清水賀一

被上告人 有限会社 丸一水産加工場

右代表者代表取締役 谷岡新次郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人清水賀一の上告理由について

一  上告人の請求は、水産業協同組合法に基づき設立された水産加工業協同組合である上告人が、冷凍さんま等の買付けによって被ったという所論の損失(一億四四三〇万三二六九円)を補てんするため、組合員から特別賦課金として一人当たり四九七万五九七五円の金員(以下「本件賦課金」という。)を徴収する旨の総会決議に基づき、上告人の組合員である被上告人に対し、本件賦課金の支払を求めるものであるが、水産加工業協同組合の組合員の責任は、定款の定めるところにより、経費を負担することがあるほか、その出資額を限度とするものであるところ(同法九六条二項、一九条四項、二二条一項)、本件賦課金が上告人の定款に定める経費に該当しないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。

二  水産加工業協同組合の組合員は、前記のとおり、定款所定の経費を負担するほか、その出資額を限度とする有限責任を負担するにとどまるものであるから、組合が出資額を超えて経費以外の金員を組合員から徴収することは、右金員が組合の損失を補てんし組合の存続を図るのに必要なものであったとしても、右のいわゆる組合員有限責任の原則に反するものといわなければならず、その負担に同意した組合員以外の組合員から右金員を徴収することは許されないと解すべきである。

これを本件についてみるのに、原審の適法に確定した事実関係によれば、上告人は、昭和五三年二月一〇日に開催された臨時総会、同年五月二七日に開催された通常総会を経て、昭和五四年五月二六日に開催された通常総会において、組合員から本件賦課金を徴収する旨の決議をしたが、被上告人は、当該決議に反対した、というのである。被上告人が本件賦課金の負担に同意していないことは明らかであって、被上告人の上告人に対する本件賦課金の支払義務を否定した原審の判断は正当として是認することができる。所論引用の最高裁昭和五二年(オ)第六五二号同年一二月一九日第二小法廷判決・民集三一巻七号一〇九三頁は、所論の趣旨を判示したものではなく(なお、同判決は、農事組合法人の組合員が、総会における全員一致の決議によって、出資額を超える金員の支払義務の負担に同意している場合に関するものである。)、原判決に所論の違法はない。論旨は、すべて採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄)

上告代理人清水賀一の上告理由

第一原判決は水産業協同組合法(以下法という)第一九条四項、第四八条一項七号に違背している。

一、本件の経緯の概要はつぎのとおりである。

上告人(以下組合ともいう)は事業の一環として昭和四五年頃から毎年他から魚類を共同で買付けて組合員に売渡す事業を行い、昭和五一年度までは共同仕入れ事業は順調で、組合は同年度に組合員に一人あたり金八万五、〇〇〇円を配当し、海外旅行費一人あたり金一〇万六、〇〇〇円を負担し、昭和五二年度には組合員に対する毎月の賦課金二万五、〇〇〇円の四か月分を組合員に還元する措置を講じ、被上告人も組合員としてこれらの利益を受けていた。組合は昭和五二年五月二八日の通常総会で昭和五二年度における冷凍サンマ、冷凍アジ、サゴシ等の共同仕入れの事業計画を被上告人を含む出席者全員賛成で決議し、組合は右事業計画に基づき冷凍サンマ、冷凍アジなどを買受けたが、冷凍サンマ、冷凍アジの価格が暴落したため組合に一億円余の欠損金が生じたので、組合は役員らの連帯保証で兵庫県信用漁業協同組合連合会および太陽神戸銀行からの借受金で右欠損金を補填した。組合は昭和五三年二月一〇日の臨時総会で組合員全員の連帯責任で右欠損金を補填すること、および、組合員の右負債分担金の支払方法は税務面などの取扱いにつき役員会で検討、研究することを被上告人を含む出席者全員賛成で決議し、ついで、同年五月二七日の通常総会で右欠損金補填のため毎月八万円を特別賦課金として徴収する議案が付議され、被上告人の妻が反対の意見を述べて退席した後、出席者全員賛成で決議し、その後、昭和五四年五月二六日の通常総会で右欠損金補填および金融機関からの借入金利息を償却するため、毎月八万円の特別賦課金徴収の件が付議され、被上告人代表者が反対の意見を述べて退席した後、出席者全員賛成で決議し、被上告人を除く組合員らは右決議に基づく賦課金を組合に完済したが、被上告人は右賦課金の支払いをしない。

二、以上の事実関係において、原判決は組合が組合員に特別賦課金を賦課することは法第一九条四項の組合員有限責任の原則に反して許されず、組合員は組合に対して特別賦課金支払いの義務はないと判示した。しかし、法は第二二条で組合は定款で組合員に経費を賦課することを認めており、組合員有限責任も絶対的なものでないのであるから、組合が組合の行った共同仕入れ事業により発生した具体的な負債処理のため法第四八条一項七号に基づき総会の議決により組合員から損失分担金を徴収して損失を処理することが違法で許されない理由はない。我国の組合は、組合が行った事業により準備金および特別積立金でてん補することのできない欠損がでた場合、総会の議決により組合員から損失分担金を徴収して損失を処理しているのが通常である。従って、原判決のいうとおりとすると、我国の組合で行っている損失処理方法は違法であることになり、組合員は組合でかかる総会の議決をしても組合に対し損失分担金の支払義務はなく、組合は既に受領ずみの損失分担金を組合員に返還しなければならなくなり、多くの組合は資金的に破綻し倒産、破産することが必定と思われる。

三、本件についての原判決の右判断が確定すると、上告人は組合員から請求されると受領ずみの特別賦課金は返還しなければならず、更に、今後、組合が行う事業によって欠損の生じた場合は、これを補てんする方法がないので、これが対応に困惑しているのが実情である。要するに、原判決は我国の組合運営の実情を無視した誤った判断である。組合が無限定に組合員に対して出資額を超えて責任を課することは組合員有限責任に反するが、本件のように具体的に確定した組合の負債について組合が総会の議決で組合員に負債整理分担金を課することは組合員有限責任に反するものではないので、これに反対の原判決は破棄を免れない。

第二原判決は民法第一条に違背し、ひいては最高裁判所の判例と相反する判断をしている。

一、本件の経緯の概要は前述の如く、組合は昭和五二年五月二八日の通常総会で被上告人を含む出席者全員一致で昭和五二年度における冷凍サンマなどの共同仕入れの事業計画を決議し、組合が右事業計画に基づき買受けた冷凍サンマなどの価格が暴落したため組合に一億円余の欠損金が生じたので、昭和五三年二月一〇日の臨時総会で組合員全員が連帯責任で右負債分担金を負担すること、および、負債分担金の支払方法は税務面などの取扱いで検討、研究することを被上告人を含む出席者全員賛成で決議した。ところが、同年五月二七日の通常総会における右欠損金補填のための毎月八万円の特別賦課金徴収の議案は、被上告人の妻が反対意見を述べて退席した後、出席者全員賛成で決議され、その後、昭和五四年五月二六日の通常総会における右欠損金補填および借入金利息償却のための毎月八万円の特別賦課金徴収の議案は、被上告人代表者が反対意見を述べて退席した後、出席者全員賛成で決議されている。

二、すなわち、被上告人は組合の行う冷凍サンマなどの共同仕入れ事業計画に賛成し、更に、組合が右事業計画に基づき共同仕入れした商品の暴落による組合の欠損金一億円余の補填は組合員全員が連帯責任を負い分担金を負担すること、右分担金の支払方法は税務面の取扱いなど役員会で検討、研究することが、被上告人を含む出席者全員が賛成して議決したのであるから、その後、役員会で検討、研究した損失分担金の支払方法を定める議案に対して、被上告人が損失分担金を負担しない旨を述べることは禁反言の法理に反し許されず、被上告人は、自己らが賛成して議決した先の議決に基づき組合に対して損失分担金の支払義務がある。

三、最高裁判所第二小法廷は、出資農事組合法人の総会で組合の負債金を組合員全員が均等割りで分担して組合に納入する旨を組合員全員一致で議決した事案に対し、昭和五二年一二月一九日の判決で農事組合法人の出資組合員の責任は農事協同組合法に別段の定めがある場合のほか、その出資を限度とすることは、同法七三条一項、一三条四項の規定するところであり、右のいわゆる組合員有限責任の原則により、組合員に出資額を超えて責任を課することは、たとえ組合員全員の同意があっても許されないといわなければならないが、具体的に確定した組合債務につき、組合員総会における全員一致の決議に基づき、組合が出資額を超えて義務を課することは組合員有限責任の原則に触れるものでないと判示している。右判決は組合員有限責任の原則に照らし、無限定に組合員に出資額を超えて責任を課することは、たとえ、組合員全員の同意があっても許されないが、具体的に確定した負債負担金については組合員全員一致の総会決議によれば、出資額を超えて組合員に負担を課することができることを明らかにしたものである。

四、従って、本件で組合が共同仕入れ事業により買受けた冷凍サンマなどの価格暴落による組合の欠損金一億円余は具体的に確定した組合の負債で、組合は昭和五三年二月一〇日の臨時総会で右欠損金の補填は組合員全員の連帯責任とすること、および、組合員の分担金の支払方法は税務面の取扱などについて役員会で検討、研究することを被上告人を含む出席者全員賛成で決議(乙第四号証の一)したので、組合が総会の右決議に基づき組合員から右損失分担金を徴収することは組合員有限責任の原則に反するものではないのである。組合はその後、同年五月二七日および昭和五四年五月二六日の通常総会で右欠損金補填および金融機関からの借入金利息を償却するため毎月金八万円の特別賦課金を徴収することを決議し、右案件に対して被上告人の妻および代表者が反対意見を述べてはいるが、右案件は昭和五三年二月一〇日の臨時総会で決議された組合員全員が連帯で負担する欠損金の分担金の支払方法を定めたものにすぎず、組合員に別途の負担を課するものでもなく、右決議は組合員有限責任に反するものではない。

五、最高裁判所の右判決が具体的な組合の負債についての組合員の分担金支払義務が、組合員総会決議に基づくものなのか、そうではなく、組合員の別個独立の個別的同意の集合に基礎をおいたものかは明らかでないが、いずれにしても、本件においては、臨時総会で組合の負債金一億余円は組合員全員が連帯責任で支払う事、および、組合員の右負債分担金の支払方法は役員会で検討、研究することを被上告人を含む出席者全員が賛成(同意)して議決したのであるから、被上告人だけがその後の総会で組合員の右損失分担金の支払方法を定める案件に対して、右分担金を負担することに反対の意見を述べても、右案件は出席者全員一致で議決されたので、被上告人が組合に対して右一連の議決に基づく損失分担金を負担することは組合員有限責任に反するものではないのにかかわらず、組合員有限責任に反し許されないとした原判決は、右最高裁判所判決に反するから破毀を免れない。

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